国道57号沿い、御輿来(おこしき)海岸※のそばにある、宇土マリーナを訪れました。
※御輿来海岸は、景行天皇が九州をご訪問なされた際に、海岸線があまりに美しいので御輿をとめて見入っておられた、という伝説から、その名がついています。「日本の渚百選」・「日本の夕日百選」に選定される景勝地です。
宇土マリーナの施設設備の1つ、門型30トンクレーン。宇土マリーナでは、船舶を係留できるドックや、モーターボート200隻を保管できるボートヤードなどを完備しており、熊本県でのマリンスポーツのメッカとなっています。
道の駅宇土マリーナと、うと海の駅(宇土マリーナ)は敷地的につながっていまして、一般的には全体として宇土マリーナと認識されていると思いますが、厳密には道の駅と海の駅がくっついた形になっています。(海の駅とは、国土交通省に登録された船舶係留施設のことで、宇土マリーナにも多数の船舶が係留されていました。)
クラブハウス(宇土マリーナハウス)。2F端はわたしの記憶ではレストランだったと思いますが、階段にはチェーンがかけられ、壁にあったレストラン名もなくなっていますので、撤退したのでしょうか・・・。こちらに、合宿所や研修施設などがあります。
宇土マリーナハウスは、1998年吉松秀樹氏設計により造られましたが、くまもとアートポリス参加プロジェクトのために独特な形状をしております。
宇土マリーナには、石造りの前衛的なアート作品がいくつもありまして、それらの作品群をながめつつ、海岸沿いをただ散歩するだけでも楽しめますよ。
宇土マリーナに、このような石棺が展示してあるのに気づいている方は、きっとほとんどいないと思います。目立つ場所ではありませんからね。
これは、大王のひつぎ実験航海事業で造られた、馬門石(まかどいし)製の復元石棺でして、重さは約7トンあります。馬門石は宇土でしか産出されません。
この馬門石(阿蘇ピンク石)が、歴代天皇のひつぎに用いられているのですが、こんな重いものを、どうやって宇土から800kmも遠く離れた近畿地方の大王の墓墳までに運べたのか?考古学的な謎として長年、考古学者を悩ませました。
ひつぎを運ぶ台船。航海実験のため、蓋用と、身用の2隻が造られました。
古代船を復元し、実際に熊本から大阪まで石棺を運搬してみよう、というのが、大王のひつぎ実験航海事業です。馬門石製(7t)の石棺を復元した古代船に載せ,有明海から関門海峡を通って瀬戸内海を経由し,最終的には大阪湾へと運び込む実験航海が行われました。
2005年7月24日に宇土マリーナを出航し、22の港に寄港して、34日かけて大阪南港に到着し、大王のひつぎ実験航海は無事成功しました。
宇土マリーナには、天草方面への長時間ドライブの休憩で訪れる人が多いと思うのですが、大王のひつぎもご覧になってみてはいかがでしょうか。こんな重いものをよく木船で・・・と、きっと驚かれると思いますよ!