震災遺構「旧東海大阿蘇キャンパス」

  
熊本地震では、家屋倒壊や土砂災害等で、死者161名、負傷者2692人の人的被害が発生しました(平成 28年 12 月 14 日内閣府災害対策本部発表)。

東海大学阿蘇キャンパスでも、痛ましくも学生3名がアパートの下敷きになって亡くなりました。彼らが通っていた東海大学阿蘇キャンパス自体にも大きな損傷があり、このキャンパスは震災遺構として2020年8月1日より、一般公開されることとなりました。
  

 
南阿蘇村在住のガイドスタッフが現地を案内してくださいます。奇しくもこのガイドさんが経営していたアパートでも、学生の死者が出てしまったということでした。

当時の辛い記憶を呼び覚ますことになると思いますのに、当時の震災の状況などを被災者である地元のかた自ら、貴重なお話を聞かせていただけます。
 

  
屋根と小高い塀でしっかりと保護されている地表地震断層。熊本地震により出現した地表地震断層は、ここ南阿蘇村の旧東海大学阿蘇キャンパス付近から、甲佐町北部まで総延長30km以上に及びました。

旧東海大学阿蘇キャンパスが位置する阿蘇カルデラ内にも活断層があることは地震前には知られておらず、地震後に初めて判明しました。
  

 
地表地震断層の一部は、黒いシートで保護されていて、見ることのできない部分もありました。

旧東海大学阿蘇キャンパスは、講義棟に広大な牧場と農場が一体型になったキャンパスで、全国各地から集まった約1,000名の学生がここで学んでいたということです。  
  

 
建物内に立ち入ることができないので、この写真ではすこし分かりづらいですが、地震断層は旧東海大学キャンパス建物内まで続いています。

鋼鉄製の筋交いがはいっていますが、これは熊本地震当時には無く、地震後に建物が崩壊しないように、あとから入れられたのだとのことです。
 

 
旧東海大学阿蘇キャンパスは耐震補強工事はきちんとなされていました。しかし、中央部はアーチ部分を含むがゆえに、制震部材を施工することができなかったということです。

制震部材が施工された部分には、まったくといっていいほど、地震による影響が見られません。(屋外から見る限りでは)
 

旧東海大学阿蘇キャンパス1号館の案内図。

中央部にまっすぐではない、アーチ状となる壁が存在することがお分かりいただけるのではないかと思います。

 
制震部材がはいらなかった部分は、外壁に深刻な亀裂が生じています。サッシは歪み、手すりが断裂し、建物の内部にも大きな亀裂がはいっていることがわかります。
 

 
ガイドスタッフを長く占有してしまったため、あとからの来訪者のかたがガイドなしになっていましたので、あわてて私のほうでガイドを行い、ガイドスタッフさんには新しい来訪者のほうへ行ってもらいました。
 

  
正面玄関のエントランスホールには地震断層が現れ、壁が崩落し、床面にも多くの亀裂や隆起が生じたとのことです。

玄関前のアスファルトは波打ち、ここに駐車されていたスクールバスはタイヤが地面に埋まってしまい、自走できなくなるほどだったとのことです。
 

 
正面玄関側から、旧東海大学阿蘇キャンパス1号館を撮影。理由はわかりませんが、わざと建物を3分割してあるようです。(建物が写真では3つに見えると思いますが、実際にはつながっていました。)

 

 
旧東海大学阿蘇キャンパス1号館は、上空から見るとアルファベットのYの字の形をした、鉄筋コンクリート造の3階建、高さ45.5(鉄塔先端まで)、昭和48年(1973年)に完成しました。
  

 
基礎の束石のみが残された建物跡。

公開時間は9時~17時まで(冬期は16時まで)、入場料無料。年末年始と火曜日が休館日となりますので、お気を付けください。

■「熊本地震 震災ミュージアム」公式HP
https://kumamotojishin-museum.com/